2022年3月末、スポーツメーカー・ミズノ株式会社と一般社団法人PLAYERSが共創した、視覚障害者向けの白杖『ミズノケーンST』が発売されました。軽くしなやかな形状、スタイリッシュな青いボディ、グリップにはミズノのロゴ。視覚障害者にとって「できれば持ちたくない、隠したい」という存在だった白杖が、「持って出かけたくなる」相棒に変化しました。当事者への丁寧なヒアリングとミズノの技術、そして運命のような数々の偶然が重なって生まれたミズノケーン。まさにPLAYERSが得意とする共創によるプロトタイプが、社会実装された実例となりました。さらにこれまでの常識を覆した新しい白杖は、福祉業界に風穴を開けたプロダクトとして、グッドデザイン賞などのアワードを受賞。発売から約1年が経とうとする今、PLAYERSリーダーのタキザワケイタと、視覚障害者であり、スペシャルアドバイザーの中川テルヒロ、そしてミズノケーンの開発チームである長谷川知也さん(営業統括本部 営業統括部※要確認)、加瀬悠人さん(グローバル研究開発部)とともに、ミズノケーン完成までのプロセスを振り返りました。タキザワケイタクリエイティブファシリテーター・ワークショップデザイナー一般社団法人PLAYERS 主宰/「アンドハンド」プロジェクトチーム、LEGO® SERIOUS PLAY® 認定ファシリテーター、青山学院大学 ワークショップデザイナー育成プログラム講師新規事業・商品開発・ブランディング・人材育成・組織開発など、企業や社会が抱えるさまざまな課題の解決に向け、ワークショップを実践している。https://playworks-inclusivedesign.com/中川テルヒロ一般社団法人 PLAYERS 理事。後天性の視覚障害があり弱視。左目が全盲、右目が中心のみ見える状態。本業はソフトウェア開発。「ミズノケーンのプロジェクトでは、視覚障害の当事者としての経験に基づいた意見を伝えさせてもらったほか、視覚障害者に聞いたアンケートや晴眼者に聞いたアンケートの設計や集計にも携わりました。週イチで毎週おこなわれたオンラインミーティングに当初より参加していました。」ミズノ 営業統括部 長谷川知也ミズノ グローバル研究開発部 加瀬悠人 PLAYERSへのジョインにより、白杖プロジェクトが誕生 ーー ミズノケーンが企画から発売に至るまで要した時間はどのぐらいでしたか。長谷川:一番最初は2020年の8月頃、ミズノの社内研修としてタキザワさんに講演いただく機会がありまして。私自身、外の人と一緒に仕事をする機会があまりなかったので、PLAYERSさんのプロボノという体制や企業との共創、大きな社会課題に取り組まれる動き方、プロジェクトを進める知見やノウハウに興味を持って、お話を伺いにいったのがスタートです。タキザワ:「プロジェクトデザイン」というテーマで講演依頼をいただいて、PLAYERSの事例も含めて紹介させてもらいました。最後に「PLAYERSのメンバーを募集中です」と宣伝したんですよね。長谷川:そうですね。いつでもご連絡くださいと。タキザワ:まさか、ホームページのお問い合わせフォームから連絡がくるとは(笑)長谷川:そこからすぐに白杖を作りましょうとなったわけではないんですけども、中川さんや周辺の視覚障害者の方たちとお話をしていく中で、白杖に課題があって、ミズノとして取り組むことができそうだな、というところがキッカケになりました。 ーー 加瀬さんが加わったのは?加瀬:ミズノのもう1人のメンバーである清水から誘われたんですけど、僕がジョインしたのはもう少し後ですね。長谷川:具体的に白杖をやろうと決まったのが9月辺りだったんですけど、白杖にセンサーを使ったら面白いものができるんじゃないかと思い、加瀬自身がセンサーの専門家なので、一緒にやろうという流れになりました。 ーー トータルでかかった時間は約1年半ですね。プロジェクトをミズノ社内で通していく段階においては、上司の方にどのように説明をされたんですか。長谷川:ちょうど9月に社内で新規事業提案のコンテストの募集が始まって、12月に社内提案の機会があったので、そこを目指して一緒に提案作りに取り組んでいきました。無事に採択をもらったので、そこから本格的に開発に向けて動き出しました。 ーー PLAYERSはそこにどのように関わりましたか。タキザワ:長谷川さん、加瀬さん、清水さんにPLAYERSメンバーとしてジョインしてもらい、毎週木曜日の18時〜19時にオンラインミーティングを定例化したんです。そこで議論をしながら進めていきました。長谷川:提案書を作るまでは、基本的に打ち合わせは業務外で、就業後に活動に参加するスタンスでした。だからミズノとしてというよりかは、個人として参加させていただいてる感じでしたね。 ーー 提案までに当事者へのヒアリングや調査などを行われたとのことですが、それはやはり、PLAYERSのリソースがあったからこそだと思われますか?加瀬:そうですね。僕らには視覚障害者とのタッチポイントが全くなかったので、PLAYERSさんのおかげで白杖を作るキッカケもいただいたし、そこからアクセラレーションもできたと思いますね。 PLAYERSの共創力が、プロジェクトを加速させた ーー ヒアリングや調査の実施は、PLAYERSがイニシアチブを取って進めていかれたんですか?タキザワ:メンバーに中川と川口、2名の視覚障害者がいたんですけれど、チーム内に当事者がいたのはかなり大きかったです。「インタビューしましょう、アンケートを取りましょう」と言っても、事前準備やアサイン、日程調整など結構時間がかかるじゃないですか。でもその場ですぐに2人に聞くことができた。また、インタビューをお願いするにしても誰でもいいわけではなくて、自身の障害を俯瞰的に見ながら企業の目線も踏まえ、意見を言ってくれることがすごく大事でした。そういったリードユーザーをPLAYERSのネットワークから紹介できたことは、貢献できたポイントだと思います。中川:僕としては、そこにいること自体が価値なのかなと思っていました。多分最初はミズノの皆さんも「視覚障害者とってどんな感じなんだろう」と身構えておられたと思うんですけど、すぐに「普通なんだ」と思われたと思うんですよね。その感覚を最初に受け取ってもらえたのが良かったのかなと。 ーー 視覚障害者の方とお話しする機会は、ミズノのお2人にとってどんな経験でしたか。加瀬:喋ってみると本当に普通の方で、率直に課題や考えていることを教えてくれました。会話することでハードルが下がった感じはありましたね。長谷川:こう言うと語弊があるかもしれないですけど、言語化能力にものすごく長けてらっしゃる方が多いと感じて。明確に「こういうところがダメです。こういうところが良かったです」とフィードバックをいただけたのは、ものづくりにも非常に反映しやすかったです。タキザワ:リサーチする中で感じたのは、当事者の方も白杖に対して満足していないという気持ちがありながら、それを社会に対して言う機会がなかったと思うんですよ。その機会を作れたこと自体が良かったですし、「ミズノであれば理想の白杖をつくってくれるかもしれない」という期待感が高かったのも、本音を引き出せた要因だと思います。 ーー それを経て「持って出かけたくなる白杖」というコンセプトができたんですね。当事者や支援者へのヒアリングや意見交換が役立った実感はありますか。長谷川:本当にそれが全てだったと思います。納得いただける商品に繋がったと実感できました。加瀬:課題抽出がすごくうまくいきましたね。PLAYERSさんがいなかったら白杖に行き着かなかったかもしれないし、白杖を作っていたとしても、逆に使いづらいものが完成した可能性はあるかなと…タキザワ:当初は僕らも視覚障害の方が「白杖を持ちたくない、隠したい」という課題があることについて、明確には把握していませんでしたが、当事者や支援者の皆さんと対話を重ねる中で、本質的に解決すべき課題を見つけていくことができました。PLAYERSもミズノメンバーも学習スピードが速く、リサーチやプロトタイピングをしながら効率的に価値検証を行えたと思います。PLAYERSからミズノさんに、当事者との共創プロセスやメソッド、視覚障害のネットワークを提供できたのは良かったですね。 社会課題の解決に向け、トップと現場が一丸となった ーー 採択された時の社内の反応はいかがでしたか。長谷川:「新規事業提案としてやってみなさい」と、役員に支援してもらうことができました。ミズノのノウハウが活かせる分野だと評価いただいたこと、社会課題に役員が共感してくれたことが大きかったかなと思います。タキザワ:PLAYERSメンバーも新規事業提案のプレゼンと質疑応答に、オンラインで参加したんですよね。ドキドキしながら見守ってました(笑)。 ーー 発売までの体感スピードはいかがでしたか。加瀬:普段のものづくりよりも、めちゃくちゃ早く動いてくれました。いつもは早くて2〜3年のイメージなんです。しかも新規事業でこれなので、本当にかなり動いていただいた。そこにはやはり役員の力もあったし、現場の方もゴルフクラブの技術が本当に活かせそうだという感覚があったので、動きやすかったのかもしれないですね。 ーー 逆に難しかったことはありますか。加瀬:正直な話、プロボノの活動からミズノの業務に移行した時の境目は難しかったですね。社内調整も大変でした(笑)。開発メンバーたちも巻き込まなきゃいけなかったので。長谷川:会社対会社の付き合いになってくると、メーカーとして守らなきゃいけないものやスピード感があって。ズレが出てくると、「やりたいけどできない」となってしまうので、そこのすり合わせはお互いに気を遣いながらやっていきました。 ーー PLAYERSとしても、ミズノさんとの共創は新しい経験でしたか?タキザワ:ここまで企業さんと一緒にがっつりやらせてもらったのは初めてでした。PLAYERSとしてのビジョンや想い、大切にしたいことと、ミズノさんとして守りたいこと、相容れないものを調整していくことは大変ではありましたが、お互いにとって欠くことのできない大切なプロセスだったと思います。 ーー ちなみに週に1度の打ち合わせは、完成までずっと続いていたんですか。タキザワ:やってましたね。それが最低限で、プラスαでインタビューやワークショップを実施していました。いま思うと、コロナ禍だったから定例会をオンラインで実現できたんですよね。コロナがなかったら長谷川さんや加瀬さんがPLAYERSにジョインすることはなかったし、ミズノのアクセラレーションプログラムがなかったら、ミズノケーンは生まれていなかった。たくさんの奇跡の連続でミズノケーンが誕生したことを感じますね。 ミズノケーンを通じて、社会との接点をつくりたい ーー 開発に入った後はPLAYERSとどのようなやり取りをされていましたか?加瀬:開発に入ってからは、ご紹介いただいた視覚障害者団体の方を中心に検証をさせてもらいました。やはり社外秘な部分もあるし、本当に発売するかどうかわからない部分もあったので、PLAYERSさんとは少しだけ距離を取らせていただきました。タキザワ:プロダクトに関しては、ミズノさんの技術力があれば間違いなく良いものができると信頼していました。PLAYERSとしては視覚障害に関心の薄い人たちや、社会を巻き込みたかったですね。ミズノケーンは視覚障害者と社会をつなぐ接点、シンボルにしたいと思ったんです。デザイン性の高いミズノケーンをキッカケに、今まで視覚障害に興味がなかった人の目に留まったり、困っていたら声をかけてみるという、社会変革のツールにしたいという想いがありました。最終的に社会を巻き込むところまでやりきれなかったのは、残念でした。 ーー もしも開発時に戻れたら、思い描く理想の形に近づけるために何をしたいですか。タキザワ:タイムリープですね(笑)。長谷川:メーカーとして時間軸が遅いと思われるところはあるかもしれないですが、決して諦めているわけではなく、いま必要なステップを踏んでいる気はしていて。実績がついてくれば会社としては通しやすくなると思うので、実現できるところを1歩1歩やっていく段階かなと思っています。加瀬:プロダクトも市場自体も新しかったので、プロモーションはいつも通りのプロセスを通らないと社内理解も得られなかったのかなと。この先うまく回れば、新しいことができるんじゃないかと思います。タキザワ:PLAYERS的にはやりたかったプロモーション企画がたくさんあって。クラウドファンディングで晴眼者を巻き込んだり、要らなくなったゴルフシャストを白杖にリサイクルして盲学校に寄贈したり、駅にレンタル白杖を置いて白杖が折れた時に使える仕組みを作ったり。あと「The First Mizuno Cane」という企画案があって。初めてミズノケーンを持った時、皆さん軽さにびっくりするんですよ。その瞬間の表情だけを集めたムービーを作ろうとか、より多くの人を巻き込んでいく企画アイデアはあったんですよ。長谷川:聞いてるだけでワクワクする。加瀬:機会があればやりたいですね。ミズノ社内でも白杖についての理解も深まったと思いますし、他のメンバーが主体的に動いてくれる雰囲気になっていますね。 発売前は受け入れられるかという懸念も、予想以上の反響 ーー 素晴らしいですね。売れ行きは良いとお聞きしていますが。長谷川:目標値には少し届いてないんですけど、販売者さんや購入いただいた方からは高評価をいただいています。値段が市場価格の倍以上なので、発売前は懸念もありましたが、ちゃんと良いものだとわかって購入される方が沢山いて、意識が変わりましたと声をいただいて。タキザワ:ミズノケーンを使ってる知り合いに話を聞くと、「もっと声をかけられたい」というクレームがありますね(笑)。せっかく高いミズノケーンを買ったんだから、自慢したいそうなんです。視覚障害者のマインドが「出かけたくない」から「出かけたい、声をかけられたい、もっと見てほしい」と真逆に変わっているんです。中川:僕も街中で人に助けてもらう度に、ミズノケーンだと気づいてほしいんですけど、自分から言うわけにもいかないじゃないですか。視覚障害者から声をかけるのは意外と難しい。だからミズノケーンがコミュニケーションツールになってほしいなというのは、切なる想いではあるんですよね。ーー 現状の課題は何があると思いますか。中川:視覚障害者の間では、とにかく折りたたみ式が欲しいと言われてます。折りたたみ式白杖の使用率は9割なんですよね。「いつ発売されるの?」とめちゃくちゃ聞かれるので、今日改めて聞きたいです(笑)。 長谷川:発売を目指して開発中なんですけど、まだ具体的な段階には至っていません。出すからには良いものにしたいですし、直杖を作るよりもノウハウがないので、難易度が上がってて。慎重にいきつつも、できるだけ早く届けたいですね。 PLAYERSのメンバーになったことで、制約なく課題に向き合えた ーー 改めて、PLAYERSと組んだことで得られたことは何でしょうか。長谷川:解決策を探す部分で色々とバイアスがあって、特に社内のリソースだけでやろうとすると行き詰まっていましたが、PLAYERSさんや視覚障害者の方と話すことで、違うやり方があるんだと気づけたし、視野を広げる意識を持つようになりましたね。加瀬:僕はこれまで共創をしたことがなく、ものを作ってから選手に持って行くことが多かったんですよ。それが今回はコンセプト段階から当事者の方に意見をいただけた。僕は専門がセンサーなので、白杖にセンサーを乗っけようかなと思ったんですけど、それよりも先に解決すべき課題がある。そういったゼロイチを体験できたことがすごく良かったです。また、スポーツメーカーの常識と福祉の常識が逆だということにも発見がありました。タキザワ:ミズノさんのような大企業だと、どうしても自分の部署や役割が決まっていて、そこでどう価値を発揮するかというマインドの方が多いと思うんです。でも今回はミズノ社員じゃなくPLAYERSのメンバーになったことで、制約がない中で目の前のユーザーや課題に向き合うことができたんだと思いますね。 ーー PLAYERSの2人はミズノさんと組んだことで良かったことはありますか?中川:出来上がったものにフィードバックする形ではなく、一緒にゼロから作っていけたことが本当に大きくて。「試作品を作りました。でも市場には出ませんでした」というケースは世の中に多いけど、皆に使ってもらえる状況までいったのは、関わったメンバーの1人として誇り高いですね。タキザワ:PLAYERSはプロボノなので、みんな本業をやりながら活動している。その中でもミズノさんのような大企業と共創し、社会的にインパクトあるプロダクトを社会実装できたこと、さらにはミズノさんが次の白杖にチャレンジするキッカケを作れたことは、とても良かったと思います。これからも、様々な企業さんと共創していきたいですね。 ーー 最後にミズノのお2人から、今後PLAYERSと組むことを考えている企業に向けてのアドバイスがあればお聞きしたいです。長谷川:今回うまくいったと思うのは、ミズノの強みをどう使うかが明確にあって、そこがユーザーの課題がハマったから。ヒアリングをする中で「これはハマりそうだ」というものが掛け合わさった時に前に進む気がしたので、PLAYERSさんの共創力と自社の強みが掛け合わされれば、うまくいく可能性が高まると思います。加瀬:特に技術力は持ってるけど活かしきれてない会社さんや、我々みたいなメーカーは、PLAYERSさんとすごくマッチすると思いますね。